まずは、開催情報をチェック
EVENT INFORMATION- 開催時期 / 頻度
- 毎年2月8日・9日を中心に、前日または数日前にも行われます。 / 毎年
- 開催場所
- 飯田市千代・上久堅・龍江などの各集落と集落境
- エリア
- 長野県・飯田市、駒ヶ根市、喬木村
- 特徴
- 最終更新日
- 2026/10/19
鉦と太鼓、念仏、笹竹を通じて、集落に降りかかる災厄を外へ送り出す伊那谷のコト八日行事。飯田市千代・上久堅などで、地域ごとのしきたりを受け継ぎながら行われています。
伊那谷のコト八日行事とは?
伊那谷のコト八日行事は、長野県飯田市を中心とする伊那谷に伝わる、コト八日関連の民俗行事です。
2月8日や9日を中心に、事念仏・大将荒神と事の神送りが行われます。
鉦や太鼓に合わせて念仏を唱え、笹竹などに疫病神を託して集落の外へ送り出す点に特色があります。
飯田市千代・上久堅地区などでは、集落ごとに異なる形を保ちながら伝承されています。
何が面白い?
見どころは、集落を越えて笹竹などを送り継ぐ独特の行列です。
事念仏では、子どもたちが各家や神社、祠などを巡り、鉦と太鼓を鳴らしながら念仏を唱えます。
事の神送りでは、神輿や旗、幣束、笹竹が列をつくり、集落境から次の集落へ引き継がれます。
越久保では、旗で陣地をつくって競う「頭叩き」「首切り」も行われます。
笹竹と念仏で災厄を送り出す伊那谷の民俗行事
どんなことをする?
行事は、事念仏や大将荒神などの準備・練習から始まり、集落内を巡る唱えごとと、翌日の事の神送りへ続きます。
参加者は家や神社、祠などを訪ね、鉦・太鼓に合わせて念仏を唱え、お布施やお駄賃を受け取ります。
神送りでは、家々で笹竹を用意して家中を祓い、笹竹や旗などを集落境まで運びます。
最後は境で拝んだり、道具を置いたりして、振り返らずに戻る地域もあります。
参加方法
行事の中心は、地域の子どもたちや住民によって担われています。
かつては男子だけ、または一家から一人だけとする決まりがありましたが、現在は多くの集落で女子や大人も加わっています。
一方、一般来場者が行列や唱えに加われるかどうかは、集落ごとのしきたりによって異なります。
見学や訪問を希望する場合は、開催地区の窓口に事前に確認するのが安心です。
開催場所・アクセス
- 会場・所在地
飯田市千代・上久堅・龍江などの集落を中心に、集落内の家々、神社、祠、堂、集落境などで行われます
単一の会場ではなく、地区やルートによって場所が異なります
- 車
中央自動車道飯田ICから千代地区芋平まで車で約40分
集落内の行事のため、周辺の通行や住民の生活に配慮してください。
開催会場 長野県飯田市、駒ヶ根市、喬木村 飯田市千代
会場名で検索した地図です。開催範囲や入口は公式案内をご確認ください。
開催日・開催時期
例年は2月8日・9日を中心に行われ、事念仏や大将荒神はその前日または数日前に行われる地区が多くあります。
地区によっては現在、第一土曜・第二土曜など、旧来の日付から変更して実施しています。
2026年の各地区の開催日は、開催地ごとの最新案内で確認が必要です。
見に行くときの注意点
行事は集落内の家々や祠、神社、集落境などを巡るため、一般的な観覧席のある催しとは異なります。
地区ごとに日程、ルート、行事の形が異なり、現在も中断している地区があります。
夜間や寒中に行われる事念仏もあるため、足元と防寒に注意し、私有地や住民の暮らしを妨げないように見守ってください。
伊那谷のコト八日行事の起源・歴史
神送りの起源について、野池では約400年前から始まったと伝えられていますが、確定していません。
集落を越えて笹竹を送り継ぐ形や、戦国時代の同種行事の記録から、起源を戦国時代までさかのぼると考える研究者もいます。
事念仏は、天明2年や天保4年に始まったという地域の伝承があり、江戸時代中頃以降に広まった可能性が指摘されています。
近年は人口減少や少子化により、伝承の継続が課題となっています。
公式情報
飯田市の文化財案内では、伊那谷のコト八日行事を記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財として紹介しています。
国指定文化財等データベースにも掲載され、2011年3月9日に選択された行事です。
地区ごとの日程確認先として、飯田市千代・上久堅・龍江の各自治振興センターが案内されています。
伊那谷のコト八日行事のまとめ
伊那谷のコト八日行事は、事念仏や大将荒神と、事の神送りが結びついた地域の民俗行事です。
鉦や太鼓、念仏、笹竹、神輿などを用い、疫病神や災厄を集落の外へ送り出します。
飯田市千代・上久堅などでは、集落から集落へ笹竹を送り継ぐ特色ある形が見られます。
開催日やルートは地区ごとに異なるため、訪問前の確認が必要です。










