まずは、開催情報をチェック
EVENT INFORMATION- 開催時期 / 頻度
- 毎年7月第1日曜日(喜多方市)・毎年7月12日(会津美里町) / 毎年
- 開催場所
- 慶徳稲荷神社・神田(喜多方市)、伊佐須美神社・御正作田(会津美里町)
- エリア
- 福島県・喜多方市、会津美里町
- 特徴
- 最終更新日
- 2026/10/19
神輿と早乙女、デコ人形が神田へ向かい、田植歌に合わせて豊作を祈る会津の伝統行事です。
会津の御田植祭とは?
会津の御田植祭は、喜多方市の慶徳稲荷神社と会津美里町の伊佐須美神社に伝わる、豊作を祈願する田植行事です。
神輿が神社から神田へ渡御し、田植人形のデコを畦に立て、早乙女が田植歌に合わせて儀礼的な田植えを行います。
会津地方では、祭りの日までに田植えを終えると豊作になると伝えられてきました。
稲作と地域の暮らしに結び付いた行事として、国の重要無形民俗文化財に指定されています。
何が面白い?
大きな見どころは、田の神の依代とも考えられるデコ人形が神輿の行列に加わり、田植えの場で畦に立てられる光景です。
慶徳稲荷神社では狐の面を着けた子どもたちが白狐として苗を投げ入れ、伊佐須美神社では獅子や馬、牛などの頭を奉じた子どもたちが田アラシを行います。
田植歌や篠笛、太鼓に合わせて早乙女が横一列で苗を植え、早乙女踊りも奉納されます。
出典:会津の御田植祭 ~日本北限の御田植祭,豊作への祈り~ - 文化庁広報誌 ぶんかる
デコ人形と田植歌が彩る会津の豊作祈願
どんなことをする?
行事は、神社での祈祷などの神事に始まり、神輿が氏子域を巡って神田へ向かい、田植えを終えて神社へ還御する流れが基本です。
慶徳稲荷神社ではデコや早乙女、田植歌の歌い手、白狐、囃子などが行列に加わります。
伊佐須美神社では獅子追いと田アラシの後に神輿が御正作田へ渡御し、デコを畦に立てて早乙女が田植えを行います。
参加方法
祭りの役割は、早乙女や白狐、獅子追いなど地域の子どもたちや学校の児童生徒が担っています。
慶徳稲荷神社では慶徳小学校の児童や喜多方第一中学校の生徒が参加し、伊佐須美神社では高田中学校、高田小学校、宮川小学校などの児童生徒が獅子追いに加わります。
一般来場者が祭りの役を担えるかどうかは、開催地の保存会や神社への確認が必要です。
開催場所・アクセス
- 会場・所在地
喜多方市は慶徳稲荷神社と、社殿から約130m東にある神田
会津美里町は伊佐須美神社と、神社から約1km離れた御田神社の御正作田
会津美里町側の住所は福島県大沼郡会津美里町宮林甲4377
- 駐車場
会津美里町側は120台の駐車場あり
出典:御田植祭|イベント|会津若松の公式観光情報サイト【会津若松観光ナビ】
開催会場 福島県喜多方市、会津美里町 慶徳稲荷神社
会場名で検索した地図です。開催範囲や入口は公式案内をご確認ください。
開催日・開催時期
会津の御田植祭は、喜多方市側が毎年7月第1日曜日、会津美里町側が毎年7月12日に行われます。
会津美里町側では、観光案内上、7月11日・12日・13日を開催期間として案内している情報もあります。
見に行くときの注意点
神輿の渡御や田植えは、神社の境内だけでなく氏子域や神田で行われます。
会津美里町では獅子追いが町内を進み、御正作田で田アラシを行うため、行事の場所が移動します。
田植えや祈祷の進行を妨げないよう、関係者の案内に従い、神田や行列の周囲では適切な距離を保って見学してください。
会津の御田植祭の起源・歴史
慶徳稲荷神社の御田植祭は、明応年間に平田石見守が神田を寄進したことが始まりとされ、江戸時代に一時途絶えた後、天保5年の大飢饉を契機に会津藩へ再興が願い出られました。
天保5年(1834)に再興が認められ、以後、田植えを終える目安として受け継がれてきました。
伊佐須美神社側の起源は詳らかではありませんが、デコサマや獅子頭は『新編会津風土記』にも記載されています。
2019年には両祭が「会津の御田植祭」として重要無形民俗文化財に指定されました。
公式情報
国指定文化財等データベース、文化遺産オンライン、喜多方市ホームページの文化課案内、会津若松観光ナビで祭りの概要や開催時期、会場情報を確認できます。
喜多方市側の開催日の変更については、市の文化課ページに掲載されています。
会津美里町側の会場住所と駐車場情報は、会津若松観光ナビのイベント案内に掲載されています。
会津の御田植祭のまとめ
会津の御田植祭は、喜多方市と会津美里町に伝わる、神輿の渡御と実際の田植えを通して豊作を祈る行事です。
デコ人形、白狐、獅子追い、田アラシ、田植歌や早乙女踊りなど、両地域で異なる特色を楽しめます。
2026年の個別の開催時刻や一般参加の方法は、各会場の案内で確認してください。










