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EVENT INFORMATION- 開催時期 / 頻度
- 正月。柱立ては1月2日、御柱を倒すのは1月20日ころの休日です。 / 毎年
- 開催場所
- 横沢町会の「中」および「西下」の道祖神を祀る場所
- エリア
- 長野県・松本市
- 特徴
- 見どころ・楽しみ方
- 最終更新日
- 2026/10/19
松本市梓川倭の横沢町会で、道祖神に五色の御柱を立て、家内安全や五穀豊穣を願う正月行事です。子どもたちが地域を回る「スースー」も受け継がれています。
横沢の御柱とスースーとは?
「横沢の御柱とスースー」は、松本市梓川倭の横沢町会で正月に受け継がれている行事です。
道祖神を祀る場所に、五色の紙や飾り物で彩った御柱を立て、五穀豊穣や家内安全を願います。
横沢では「中」と「西下」の2か所で御柱を立てています。
市重要無形民俗文化財にも指定されています。
何が面白い?
見どころは、五色の紙垂を飾った御柱が道祖神のそばに立てられる様子です。
「中」では、子どもたちが五色のオンベを持ち、唱え言葉を唱えながら家々を回る「スースー」が行われます。
御柱は一定期間立てられた後に倒され、飾りのシデなどがその場で焼かれます。
柱立てと勧進が結び付いた、地域色の濃い正月行事です。
道祖神を囲み、五色の御柱と子どもの唱え声が響く正月の習わし
どんなことをする?
行事は正月2日の柱立てから始まります。
「中」ではその朝、子どもたちがオンベを手に地域の家々を回り、御柱を立てることを知らせながら寄付金を集めます。
その後、道祖神を祀る場所に御柱が立てられ、1月20日ころの休日に柱を倒して飾りを焼きます。
「西下」でも同様に御柱を立てますが、行事は一部簡略化されています。
参加方法
行事の中心は横沢町会の地域の人々で、特に「中」のスースーでは子どもたちが家々を回ります。
一般来場者が柱立てや勧進に加われるかどうかは、案内されている内容からは判断できません。
見学を希望する場合は、地域の行事であることを尊重し、進行の妨げにならないよう静かに見守るのが適切です。
開催場所・アクセス
- 会場・所在地
松本市梓川倭の横沢町会。
「中」は横沢神社南側の路傍にある道祖神の場所、「西下」は集落西側の三叉路にある道祖神の場所です。
住所 松本市梓川倭(横沢町会)
開催日・開催時期
- 開催時期
正月。
柱立ては1月2日、御柱を倒すのは1月20日ころの休日です。
- 開催頻度
毎年
宿泊施設・ホテル情報 PR
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見に行くときの注意点
御柱は施設内の一か所で行われる催しではなく、横沢神社南側の路傍や集落西側の三叉路にある道祖神の場所で立てられます。
柱立てやスースーは地域の人々が受け継ぐ行事のため、家々を回る子どもたちや地域の進行を妨げないよう配慮して見守りましょう。
御柱を倒す際には飾りのシデなどが焼かれます。
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横沢の御柱とスースーの起源・歴史
横沢の御柱の起源は、『梓川村誌』にも記載がなく不明とされています。
「中」の御柱は昭和36年(1961年)にいったん中断しましたが、子どもたちによるスースーは続き、平成2年(1990年)に有志によって行事が復活しました。
「西下」では、行事を部分的に簡略化しながらも継続しています。
平成27年(2015年)には松本市重要無形民俗文化財に指定されました。
公式情報
松本市公式ホームページの文化財課ページで、「横沢の御柱とスースー」の所在地、行事の内容、由来、継承の経過、文化財指定について案内しています。
問い合わせ先は松本市文化財課文化財担当です。
横沢の御柱とスースーのまとめ
横沢の御柱とスースーは、松本市梓川倭で正月に行われる、道祖神と御柱を中心とした地域の習俗です。
五色の飾りを施した柱立てに加え、子どもたちが唱え言葉とともに家々を回るスースーが伝わっています。
起源は不明ながら、地域の人々によって中断と復活を経て受け継がれ、市重要無形民俗文化財に指定されています。







