2026年度の萩野・仁田山鹿子踊は開催終了しました。
まずは、開催情報をチェック
EVENT INFORMATION- 開催日
- 2026/08/26終了
- 開催時期 / 頻度
- 毎年8月26日 / 毎年
- 開催場所
- 戸澤神社、護国神社
- エリア
- 山形県・新庄市
- 特徴
- 必要人数
- 踊り手7人、地方2人
- 最終更新日
- 2026/10/19
カモシカを模した鹿子頭と長幕の踊り手が、小太鼓やささらの音に合わせて舞う、新庄市の伝承芸能です。
萩野・仁田山鹿子踊とは?
萩野・仁田山鹿子踊は、新庄市の萩野地区と仁田山地区に伝わる民俗芸能です。
カモシカを模した鹿子頭と長い幕を身に付けた踊り手が、太鼓やささらの音に合わせて舞います。
萩野と仁田山の踊りは同一系統とされ、地域の保存会によって受け継がれています。
五穀豊穣や郷家の安全を願う芸能として、奉納や行事で披露されてきました。
出典:山形の文化財検索サイト「山形の宝 検索navi」 / 萩野鹿子踊・仁田山鹿子踊|観光スポット(新庄市・最上地方)|やまがたへの旅 - 山形県の公式観光・旅行情報サイト
何が面白い?
見どころは、七人の踊り手がそれぞれカモシカの頭と膝まで垂れる袋状の幕を身に付け、腹に抱えた小太鼓を打ちながら舞う姿です。
二人の地方は、太い竹で作ったささらをすり鳴らし、御詠歌調の唄を歌います。
演目には庭入り、館まいり、狂い、投草、引き庭などがあり、激しい動きと美しい振りが組み合わされています。
全国でも珍しいカモシカを題材にした鹿子踊である点も特徴です。
カモシカの姿に五穀豊穣の願いを託す新庄の伝承芸能
どんなことをする?
奉納では、鹿子の踊り手と地方が一組となり、歌やささらの伴奏、小太鼓の音に合わせて一連の演目を演じます。
萩野鹿子踊では庭入り、館まいり、狂い、投草、引き庭などの曲目が伝えられています。
仁田山では鎮守社地蔵尊を最初に、踊りを考案した人物、地頭宅の順に奉納する習わしが語り継がれています。
地区の祭りだけでなく、式典などに招かれて披露されることもあります。
参加方法
必要人数:踊り手7人、地方2人
開催場所・アクセス
- 会場・所在地
戸澤神社、護国神社
所在地 山形県新庄市
開催会場 山形県新庄市 戸澤神社
会場名で検索した地図です。開催範囲や入口は公式案内をご確認ください。
開催日・開催時期
2026年の開催案内(掲載日程は終了しています)
毎年8月26日に、戸澤神社と護国神社への奉納鹿子踊として披露されます。
2026年は8月26日が案内される時期に当たります。
奉納先や演目ごとの詳しい開始時刻は、別途案内をご確認ください。
宿泊施設・ホテル情報 PR
周辺の宿泊施設を表示します。
料金・空室は取得時点の情報です。連泊検索の料金は1泊目のみ表示しています。最終料金・会場への交通経路は予約先でご確認ください。地域の検索リンクでは宿泊日を改めて指定してください。 検索エリア:山形県新庄市の中心部から半径3km(会場を中心とした検索ではありません)
周辺の観光情報
周辺には、天満神社(最上公園内)、戸澤神社、新庄城址・最上公園、新庄ふるさと歴史センターなどが紹介されています。
ほかに、雪の里情報館、ゆめりあ、旧国鉄新庄駅機関庫、新庄駅なども周辺スポットとして挙げられています。
祭りの奉納先と周辺の歴史・文化施設を組み合わせて訪ねることができます。


萩野・仁田山鹿子踊の起源・歴史
萩野鹿子踊は、起源がはっきりしない一方、文禄・慶長の頃には現在のような長幕の姿があったと伝えられています。
江戸時代には戸沢氏が鹿子踊を集め、五穀豊穣と領内安全を願って踊らせた「鹿子の庭入り」が行われました。
明治以降に庭入りがなくなり一時は衰えましたが、明治28年に新たな組がつくられ、伝承がつなぎ直されました。
仁田山には、カモシカの動きをまねた踊りが豊作をもたらしたという由来も伝わっています。
公式情報
文化財としての情報は、国の文化財データベース、山形県の文化財検索サイト、山形県公式観光・旅行情報サイトで確認できます。
新庄まつり公式ホームページでは、萩野鹿子踊と仁田山鹿子踊の由来や演目が紹介されています。
問い合わせ先として新庄市商工観光課も案内されています。
萩野・仁田山鹿子踊のまとめ
萩野・仁田山鹿子踊は、新庄市の萩野と仁田山に伝わる、カモシカを模した民俗芸能です。
七人の踊り手が小太鼓を打ち、二人の地方がささらと唄で支えながら、庭入りや引き庭などを演じます。
毎年8月26日には戸澤神社と護国神社への奉納鹿子踊として披露され、五穀豊穣や地域の安全への願いが受け継がれています。










