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EVENT INFORMATION- 開催時期 / 頻度
- 12月最初の卯の日の前日 / 毎年
- 開催場所
- 神原八幡宮
- エリア
- 佐賀県・伊万里市
- 特徴
- 一般参加 / 観覧
- 観覧OK
- 最終更新日
- 2026/10/19
伊万里市二里町大里の神原八幡宮で、地区の男性たちが松明の火の粉を交わしながら新米の神饌を奪い合う、地域色豊かな祭礼です。
神原八幡宮の取り追う祭とは?
神原八幡宮の取り追う祭は、佐賀県伊万里市二里町大里の神原八幡宮に伝わる祭礼です。
地区の男性たちが攻め手と守り手に分かれ、新米で作った神饌を奪い合います。
神饌を氏子や観衆が分け合って食べ、五穀豊穣と無病息災を願う、火祭りと共食儀礼が結び付いた行事です。
何が面白い?
見どころは、松明の火の粉が飛び交う中で行われる、テボと呼ばれる竹籠の激しい奪い合いです。
守り手は松明を打ちつけて火の粉を浴びせ、攻め手は榊の枝でそれを払いながらテボを目指します。
攻防の末にゴクウサンが取り出され、境内の氏子や観衆に配られるまで、火と競技性が一体となった展開が続きます。
火の粉と新米の神饌が織りなす伊万里の伝承祭
どんなことをする?
祭り当日は午後から会所で糯米を蒸し、小さく丸めたゴクウサンを833個作ります。
夜になると、守り手が大松明とテボを担いで神原八幡宮へ向かい、攻め手と鳥居前で鉢合わせします。
神饌を神前に供えた後、攻め手が禊ぎをし、境内でテボをめぐる攻防を行い、最後にゴクウサンを分け合って祭りを終えます。
参加方法
祭りの攻め手と守り手は、地区の男性たちが担います。
守り手は当番地区の男性、攻め手はそれ以外の地区の男性が務める仕組みです。
一方、ゴクウサンは祭りの最後に氏子や観衆へ配られるため、見物する人も祭りの結びにその場へ加わることができます。
一般来場者が攻防へ参加できるかは確認が必要です。
開催場所・アクセス
- 会場・所在地
神原八幡宮(佐賀県伊万里市二里町大里)
- 電車・バス
松浦鉄道「川東」駅から徒歩15分です。
- 車
西九州自動車道「伊万里東府招」ICから車で30分です。
住所 佐賀県伊万里市二里町大里
開催日・開催時期
開催日は毎年、12月最初の卯の日の前日です。
神原八幡宮の本宮に先立つ宵宮の行事として行われ、当日は午後から神饌づくりが始まり、夜に松明をともした行列とテボの攻防が続きます。
宿泊施設・ホテル情報 PR
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見に行くときの注意点
境内では松明が激しく打ちつけられ、火の粉が攻め手に浴びせられるため、火の近くで行われる祭りであることを踏まえて見学してください。
攻防は夜に行われ、参加者が走り、押し合う場面もあります。
観衆にゴクウサンが配られますが、受け取りや滞在場所については現地の案内に従ってください。
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神原八幡宮の取り追う祭の起源・歴史
祭りの起源は、南北朝時代に足利尊氏に敗れた菊池武重が神原八幡宮の宮司となり、再興を期して火中訓練を行ったことに始まるという伝承があります。
昭和52年に熊野神社が神原八幡宮へ合祀されてからは、カミの集落だけでなく大里地区全体の行事となりました。
本宮の伝承が途絶えた現在は、取り追う祭が八幡宮最大の行事として続いています。
公式情報
国指定文化財等データベースで、神原八幡宮の取り追う祭は「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」として掲載されています。
種別は風俗慣習、祭礼(信仰)です。
神原八幡宮の取り追う祭のまとめ
神原八幡宮の取り追う祭は、伊万里市二里町大里に伝わる、火と新米の神饌をめぐる祭礼です。
地区の男性たちが攻め手と守り手に分かれ、松明の火の粉が飛び交う中でテボを奪い合います。
最後にゴクウサンを氏子や観衆が分け合い、五穀豊穣と無病息災への願いを共有します。









