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EVENT INFORMATION- 開催時期 / 頻度
- 7月14日以後の直近の土曜日・日曜日(3年ごと) / 3年に一度
- 開催場所
- 旧大聖院講堂前の広場(小菅神社例大祭の祭場)
- エリア
- 長野県・飯山市
- 一般参加 / 観覧
- 観覧OK
- 最終更新日
- 2026/10/19
二本の柱松への点火を競い、勝敗に天下太平や五穀豊穣の願いを託す小菅の柱松行事。飯山市瑞穂の小菅神社例大祭として、夜宮や行列、火の神事とともに受け継がれています。
小菅の柱松行事とは?
小菅の柱松行事は、飯山市瑞穂の小菅地区に鎮座する小菅神社の例大祭です。
五穀豊穣と天下太平を祈願し、夜宮、本祭、例祭行列、里社行列、柱松行列、柱松行事が一連の流れとして行われます。
地域の若衆や松神子、複数の集落が関わり、柱松を立てて火をともす伝統を守っています。
行事は重要無形民俗文化財にも指定されています。
何が面白い?
最大の見どころは、上と下に分かれた若衆が松神子を抱えて柱松へ走り、頂部の尾花への点火の早さを競う場面です。
太鼓の音が合図となり、火がつくと松神子を降ろして柱松を倒します。
上が先なら天下太平、下が先なら五穀豊穣になるとされ、勝敗が祈願と結び付いています。
倒された尾花や松榊などを見物人が持ち帰る習わしも伝わります。
二本の柱松に宿る火で豊穣と平穏を占う飯山の祭り
どんなことをする?
前日の午後には松神子が滝で禊ぎを行い、夕方から小菅神社奥社で一晩籠もります。
夜宮では猿田彦を先頭に、獅子や灯籠を伴う行列が里社へ向かい、当日は火口焼神事、例祭行列、里社行列、柱松行列へと進みます。
最後に松太鼓を合図として点火競争が行われ、神輿が里社へ戻ると行事が終わります。
参加方法
行事の中心は小菅地区の若衆、松神子、松太鼓役など地域の担い手が務めます。
一般の来訪者は、柱松行事を見守る見物人として参加できます。
倒された柱松の尾花や松榊などを見物人が取り合い、持ち帰る習わしが伝えられています。
開催場所・アクセス
- 会場・所在地
飯山市瑞穂の小菅地区
地区の中心部にある旧大聖院講堂前の広場を中心に行われます
出典:小菅の柱松行事 - 信州の伝承文化 - 信州の文化財 - 八十二文化財団
開催会場 長野県飯山市 旧大聖院講堂前の広場
会場名で検索した地図です。開催範囲や入口は公式案内をご確認ください。
開催日・開催時期
開催は3年に一度、7月14日以後の直近の土曜日・日曜日と案内されています。
別の文化財案内では、7月15日過ぎの土日、午後3時頃から5時頃までの柱松行事とされています。
宿泊施設・ホテル情報 PR
周辺の宿泊施設を表示します。
料金・空室は取得時点の情報です。連泊検索の料金は1泊目のみ表示しています。最終料金・会場への交通経路は予約先でご確認ください。地域の検索リンクでは宿泊日を改めて指定してください。 検索エリア:長野県飯山市の中心部から半径3km(会場を中心とした検索ではありません)
見に行くときの注意点
柱松行事では、太鼓を合図に若衆が走り、柱松への登り降りや点火、柱松を倒す動きが続きます。
見物する際は、行事の進行を妨げないよう、祭場や行列の動線を空けてください。
尾花や松榊などを持ち帰る習わしがありますが、周囲の人と譲り合いながら行動することが大切です。
周辺の観光情報
行事の会場となる小菅神社は、飯山市瑞穂の小菅地区にあります。
小菅山の山腹には国重要文化財の小菅神社奥社本殿及び附属宮殿があり、地域の修験文化を伝える場所として紹介されています。
祭りとあわせて訪れる場合は、奥社が山腹に位置することを踏まえ、無理のない計画を立ててください。
小菅の柱松行事の起源・歴史
行事の起源は明らかではありませんが、16世紀には行われていたと伝えられています。
八十二文化財団は、中世には鬼魅調伏のために行われ、近世に現在の形になったと説明しています。
かつては毎年7月15日に行われていましたが、現在は3年おきの開催となりました。
柱松行事の中でも、修験道に関わる形をよく残すものとして評価されています。
公式情報
文化財としての基本情報は、文化庁の国指定文化財等データベースで確認できます。
飯山市公式サイトでは、市内の国指定文化財として小菅の柱松行事を紹介しています。
開催時期の案内や地域の伝承文化については、飯山市公式サイトおよび八十二文化財団の掲載内容も参照できます。
小菅の柱松行事のまとめ
小菅の柱松行事は、飯山市瑞穂の小菅神社例大祭として、五穀豊穣と天下太平を祈願する伝統行事です。
二つの柱松を舞台に、若衆が松神子を抱えて走り、尾花への点火と柱松を倒す早さを競います。
夜宮から行列、火の神事、柱松行事へ続く構成と、地域の人々が支える祭りの形が大きな特徴です。










