2026年度の米川の水かぶりは開催終了しました。
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EVENT INFORMATION藁装束の男たちが水をかけながら町を走り、火伏を願う登米市米川の伝統行事です。
米川の水かぶりとは?
米川の水かぶりは、登米市東和町米川の五日町地区に古くから伝わる火伏せ行事です。
藁で作った装束をまとった男たちが火の神様に化身し、大慈寺境内の秋葉大権現へ祈願します。
その後、町へ繰り出して家々の屋根に水をかけ、町全体の火伏を願います。
装束の藁を屋根に置く習わしも、火災除けのお守りとして受け継がれています。
何が面白い?
見どころは、藁の装束と被り物を身に着けた一団が、奇声を上げながら町を走り抜ける姿です。
沿道の家々では水が用意され、屋根へ水をかける独特の火伏せが行われます。
人々が装束から藁を抜き取り、屋根に載せて火災除けのお守りにする場面も、この行事ならではの習わしです。
別に、鐘を鳴らす火男と手桶を担ぐおかめが家々を訪れます。
藁装束の一団が町を駆ける、米川伝承の火伏せ行事
どんなことをする?
行事は、大慈寺境内にある秋葉大権現への祈願から始まります。
藁装束の一団は町へ出て、家々の前で水を屋根にかけながら走り、町中の火伏を願います。
沿道では装束の藁が抜き取られ、屋根に載せられます。
これとは別に、火男とおかめの二人組が家々を訪れ、ご祝儀を受け取ります。
開催場所・アクセス
- 会場・所在地
大慈寺山門広場(宮城県登米市東和町米川字町下56)
- 電車・バス
JR東北新幹線「くりこま高原駅」からレンタカーまたはタクシーで約40分。
JR東北本線「石越駅」からレンタカーまたはタクシーで約30分。
- 車
三陸自動車道「登米東和IC」から約15分、東北自動車道「若柳金成IC」から約40分です。
住所 宮城県登米市東和町米川字町下56
開催日・開催時期
2026年の開催案内(掲載日程は終了しています)
2026年は2月1日(日曜日)に開催され、午前10時30分に出走する案内でした。
例年は2月の初午に行われる行事で、初午の日に合わせて日程が定められます。
2026年の案内では、会場は大慈寺山門広場とされています。
宿泊施設・ホテル情報 PR
周辺の宿泊施設を表示します。
料金・空室は取得時点の情報です。連泊検索の料金は1泊目のみ表示しています。最終料金・会場への交通経路は予約先でご確認ください。地域の検索リンクでは宿泊日を改めて指定してください。 検索エリア:宮城県登米市の中心部から半径3km(会場を中心とした検索ではありません)
見に行くときの注意点
行列は水を屋根にかけながら町を走り抜けるため、沿道では水がかかる可能性があります。
行事の一行が通り過ぎるまで、色の付いたものを食べてはいけないという地域の習わしも伝えられています。
装束から藁を抜き取って屋根に載せる風習があるため、行列や沿道の家々の様子を妨げないよう見守ることが大切です。
周辺の観光情報
会場となる大慈寺は、米川の水かぶりで参詣する秋葉大権現を境内に祀っています。
行事の一行は大慈寺を出発した後、五日町を通り、八幡神社や若草神社にも参拝します。
これらは行事の巡行先として確認できる場所です。
周辺の観光施設や飲食店については、祭り会場との関係を確認できる具体的な案内がありません。

旧登米高等尋常小学校校舎
宮城県登米市にある歴史的建造物


三陸復興国立公園
東北地方の三陸沿岸を区域とする国立公園
米川の水かぶりの起源・歴史
起源については記録がなく、確定した始まりは明らかになっていません。
一方、大慈寺では、12世紀後半に藤原秀衡が寺を創建した時代から、毎年2月の初午に修行僧の行として始まったと伝えています。
その後、五日町の若い人々も厄払いを兼ねて加わるようになったとされ、行事は受け継がれてきました。
昭和46年に東和町、平成3年に宮城県、平成12年に国の無形民俗文化財に指定され、平成30年にはユネスコ無形文化遺産に登録されています。
公式情報
開催案内は登米市公式サイトで確認できます。
文化財としての位置付けや行事の習わしは、宮城県公式ウェブサイトでも紹介されています。
大慈寺の公式サイトでは、行事の伝承や文化財指定の経緯が案内されています。
米川の水かぶりのまとめ
米川の水かぶりは、登米市東和町米川で受け継がれてきた火伏せの行事です。
藁装束の一団が秋葉大権現へ祈願した後、町を走りながら家々の屋根に水をかけ、装束の藁は火災除けのお守りとして屋根に載せられます。
2026年は2月1日に大慈寺山門広場で午前10時30分に出走する案内でした。









