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古式の農作業を神前でたどり、豊作への願いを受け継ぐ御田植

手向山八幡宮の御田植(オンダ)

Tamuke Yama Hachimanguu No Onda Shoku Onda

手向山八幡宮の御田植(オンダ)をテーマにした祭りのイメージ

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EVENT INFORMATION
開催時期 / 頻度
毎年2月3日 / 毎年1回
開催場所
手向山八幡宮
エリア
奈良県・奈良市
見どころ・楽しみ方
祭りに込められた願い
最終更新日
2026/11/03

手向山八幡宮の御田植(オンダ)は、神前で水口祭から田植えまでの稲作を演じ、豊作を祈る奈良市の伝統行事です。

手向山八幡宮の御田植(オンダ)とは?

手向山八幡宮の御田植(オンダ)は、一年のはじめに神仏へ望ましい稲作の過程を演じ、その年の豊作を祈る行事です。

田主を中心に苗代の水口祭から田植えまでを進め、謡曲風の詞章を地揺と掛け合いで唱えます。

牛役の牛童や早乙女役も登場し、農具や面などの伝来品とともに、奈良市雑司町の手向山八幡宮で受け継がれています。

奈良市指定文化財(無形民俗文化財)にも指定されています。

出典:手向山八幡宮の御田植 - 文化財 - 奈良市ホームページ(文化財課)

何が面白い?

見どころは、神前で稲作の工程を順に表すところです。

水口祭で小幣やキリコ、大豆、籾種を供え、鍬初め、牛使い、エブリ使い、肥使い、種蒔きへと進みます。

田主が桶から種を四方へ蒔き、苗を見廻った後、早乙女を招いて田植えを行う流れも特徴的です。

翁面を着けた田主、牛面を被る牛童、早乙女、地謡・囃方が役を分担します。

古式の農作業を神前でたどり、豊作への願いを受け継ぐ御田植

どんなことをする?

行事は、田主や牛童、早乙女、地謡・囃方が謡をうたいながら境内を一周し、楼門から拝殿へ入るところから始まります。

水口祭の後、田主が鍬で土を起こし、牛童が犂をつけて拝殿を廻り、田主がエブリで均します。

肥草を担ぐ肥使い、種蒔き、見廻り、早乙女招きを経て、最後に早乙女が松苗を供えます。

行事後の松苗は氏子に配られ、苗代作りの際に水口へ立てて祭られます。

開催場所・アクセス

会場・所在地

手向山八幡宮 奈良市雑司町434

住所 奈良市雑司町434

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開催日・開催時期

開催時期

毎年2月3日

開催頻度

毎年1回

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手向山八幡宮の御田植(オンダ)の起源・歴史

手向山八幡宮の御田植は、16世紀後半にはすでに行われていたらしいことが記録からうかがえます。

社伝来の『平城八幡宮御田植神事之図』は文政元年(1818年)の資料で、その頃には現在とほぼ同じ所役や用具を備えた行事内容が整っていたとされています。

永禄11年(1568年)に御田が延引された記録も残ります。

平成7年(1995年)4月12日には、奈良市指定文化財(無形民俗文化財)に指定されました。

公式情報

奈良市文化財課の「手向山八幡宮の御田植」案内で、行事の内容、由来、文化財指定、会場所在地を確認できます。

手向山八幡宮の御田植(オンダ)のまとめ

手向山八幡宮の御田植(オンダ)は、豊作を願って稲作の工程を演じる奈良市指定文化財です。

水口祭から鍬初め、牛使い、種蒔き、田植えまでを、田主、牛童、早乙女、地謡・囃方が役割を分担して進めます。

文政元年(1818年)の絵図や永禄11年(1568年)の記録から、長い伝承の歩みもたどれます。

会場は手向山八幡宮(奈良市雑司町434)です。

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おもしろまつり.jp 編集部

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記事更新日:2026/11/03

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